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「バッテリー」佐久間の今週の一冊

2013年02月06日 日記

今週の一冊はあさのあつこさんのバッテリーです。

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4月から中学生の原田巧(たくみ)、弟の小学4年生の青波(せいは)は父の転勤のため(父・広、母・真紀子の4人)広島と岡山の県境にある新田市へやってきた。人口6万人の母、真紀子の実家である。真紀子の父、洋三が済んでいる。昔、父と母と巧が住んだ場所でもある。洋三はかつて新田高校を率いて春夏合わせて10回甲子園に出場した名称だった。

巧は同年代よりも際立って目立つ凄いピッチャー。引越しした夜、毎日続けているランニングをしていると、地元の同じ年の子、永倉豪、江藤、澤口、東谷たちと出会う。この少年達は、少年野球で有名だった巧の存在を知っていた。自信過剰タイプの巧を、キャッチャーをやっていた豪は毎日のようにキャッチボールに誘った。なぜか巧は豪に対して心を許しているように思える。豪は大きな病院の息子で、進学校に進む様母親に言われていた。だが、巧みと同じ高校に通い甲子園も夢ではないと豪は喜ぶ。少年達は巧という存在を中心に自分達の野球が芽生える。

弟青波は生まれつき体が弱く、生死をさまようほどだった。父と母ともに青波につきっきり。巧はその環境で、父と母の愛情に飢えていた。父は野球音痴、母は祖父が高校野球をやっていたこともあり、野球はもううんざりで、青波が野球をやりたいといったきっかけは、調べると祖父と巧の影響であったと知る。そのことに不満を持ち続けていた。

しかし、巧から見ると祖父は伝説の名将。祖父はあまりしゃべらないものの巧の能力、性格も見抜いていた。
母親達は現代の現代の学歴社会の中で、好きなことはやらせたいと思いつつも将来を考えて息子の為を思い野球をやめさせ、勉強をさせたいと思った。

巧は豪の母親から、「野球を辞めさせるように言って」といわれた時、そんなことは俺から離すことじゃないと思っていた。巧がどうこういう理由はないからであった。それよりも、夢を認めてくれない現実とのギャップに子供達は嫌気が差しているように思った。

子供達は絆が強い。青波が迷子になり、みんなで探していた時巧が池に落ちる。
普段冷静な巧が焦って豪に助けを求める。すると豪が、「お前きっとピンチに弱いぜ!」「原田巧にだって弱点があるということじゃ。」「だけど、それを俺達がカバーしていく。いつまでも原田が凄いと感心してられん。」と言った。

巧の心の中では両親、青波、祖父、友達ともっと素直になって話したり、自分だけじゃなくみんながいると変化が起こり始めていた。ここからが、少年達の野球のスタート地点。野球は一人では決してできない。9人いてこそのスポーツ。自分だけではなく人をまとめる、人に頼る事の大切さを知る。人間一人では生きていけないのだから。

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