佐久間の今週の一冊
2012年06月18日 日記
今週の一冊は、中日ドラゴンズ前ヘッドコーチ森繁和さんの「参謀」です。
森さんはプロ野球の世界で、選手・コーチとして34年間活躍されました。
中日ドラゴンズでは8年間落合監督の下、リーグ制覇・日本一に何度も輝いています。
落合前監督は「ドラゴンズの8年間で野球界に信頼できる人物を見つけた。私がまた、ユニフォームを着るとしたら、必ず森繁和を呼ぶ」
と話し、森さんが落合さんから絶大な信頼を得ている人物です。
この本の中では、落合監督の事、参謀はどうあるべきかが書かれております。
監督の一番の仕事は、コーチをしっかり指導して正しく評価することで、コーチに大切なのは選手が自分で考えられるように、じっと「見守る力」である。
落合監督の下、この方針がぶれなかったドラゴンズは、選手達がいい仕事をして、見事な結果を残せるようなチームになった。
落合監督の凄さ
・任せて信じて責任を取る
いかに大事なことを部下に任せられるか。落合監督は全権といっていいほど森さんに任せていたそうです。
自分の力に自信を持っている位でナイト、リーダーには勿論なれませんが、かといって何でも自分でやろうとすると組織はうまく回らく
なってしまうのが常。コーチに選手起用の権限を与えて好きなようにやらせるというのは野球界においてほとんど聞かない。
どうしても、責任者として口を挟みたくなる。うまくいってコーチや選手の手柄を横取りすると、そのコーチを疎んじてしまう監督もいる。
これでは短期決戦あるいは1年間たまたま結果が残せたとしても、何年も強いチームを維持することができない。
森さんは中日時代最初2年は2軍投手コーチ、次の4年はバッテリーコーチ、最後2年はヘッドコーチを務めました。
・チームの約束を決めたらぶれない。特例を作らない。
落合監督は普段の生活などでは喜怒哀楽をものすごくあらわにするそうです。
だが、ユニフォームを着てベンチに座った瞬間、冷静で身動きしなくなる。その精神力が凄い。
「カメラの前では決して表情を変えてはいけない。敵にこちらの心の動きを知られたら負け。相手に有利な情報を一切漏らさない酔う心がけている。」ともいっています。
指導者の顔色を見て選手が萎縮しながらプレーするので嫌うそうです。自分を律しています。
選手にとっては不気味かもしれないが、自分が守れと命令した以上は自分が守る。ここまで自分を抑えるのです。
我慢の全ては情報を漏らさないため。
親会社の中日新聞の記者にですら、全く何も話さない。
それが位徹底していたからこそ、8年間中日は常に上位にいたといっても過言ではない。
選手からすれば、コーチが自分の生活のために上司に媚を売ったり、選手を裏切ったり、ネタにして稼いだりしていないというのは
大変な信頼です。
全ては契約が「シーズン優勝と日本一を勝ち取ること」にあったからこそなのです。
・監督の仕事はコーチを観察し正しく評価すること
落合監督の観察力は一折も大変優れていた。
2010年のペナントレースで審判を交代させたという出来事があった。球審の体調が良くないのを見抜いて「ゆっくり休め」と伝えたそうです。
結局その球審は1回が終わるとフラフラになり退場。誰よりも先に球審の体調を見抜いていた。
監督は試合中必ず同じ位置に座り続けている。
定点観測すると、球場内のあらゆる動きが目に入り、いつもと違うことが見えてくるそうです。
選手の調子からフォームの乱れ、相手ベンチの心情など、勝つために役立つ情報を可能な限り観察。
試合中だけではなく、コーチ陣に対しても裏方に対しても、目配り気配りをする。
まったく動いたいないようで、必ず何かを見ている。
観察力と洞察力。これを土台とした指示が格段に鋭い。
参謀の心得
・リーダーのアイデアを実現することこそ「参謀」の一番の仕事
2009年のオフにヘッドコーチに森さんはなりました。
ヘッドと名前があるのとないのでは責任の取り方が違う。チームの状態や成績が悪かったとき、監督がクビになる前にヘッドだけクビを
切って様子を見るという選択肢ができる。監督が残れば、森さんが連れてきたコーチ陣を残してもらえる可能性もできる。
色々な責任が取りやすくなると森さんは考えました。
今までは投手コーチが多く、投手コーチ以外のテリトリーまで動くことはなかった。動く必要も無ければしようと思わなかった。
権限がないから何かを主張したり、動いたところで変革できないなら、意味がないと思っていた。
中間管理職の立場からすると多くを任せてくれるリーダーの方が、実際やる気を出させてくれる。当たり前のことです。
と頭で分かっていても実行できるリーダーはどの世界でも少ない。
成功した理由に全て自分でやるのではなく、任せることの重要さを理解していたことはとても大きかった。
監督からやってみろといわれたことは、結果を出す為に全力でやる。
そういう監督とコーチの関係が強いチームには存在する。
落合監督はアイデアや引き出しが多い。
高い助っ人を取るのはやめようというアイデアから、当時誰も注目しなかったドミニカ共和国での人材発掘や中日OBのコーチより外部人材の招聘などがあげられる。
森さんはこれらの強化アイデアを必ず実行するように動いていた。
「勝つ」という目標に向かって様々な組織運営のアイデアがたくさん当時は出てもらっていたそうです。
何でも任せてくれるその度量の大きさには、感銘を受けた。それを全力でやる森さんの行動力もとても素晴らしい。
2011年までのドラゴンズの組織はどんな業界でも負けない組織だった。
その先頭に立っていたのは落合という人物であった。